・豪RMIT大学が、本物の皮膚のように痛みに反応する電子人工皮膚の作製に成功
・生体機能をほぼ模倣し、触覚や熱がある一定の痛みレベルに達すると神経細胞の反応速度と同じスピードで反応することが可能。
・次世代生物医学技術とインテリジェントロボット工学への応用に期待。
~この記事のキーワード~
電子人工皮膚、生体機能模倣、触覚、次世代感覚センサー、インテリジェントロボット工学、ウェアラブル、RMIT大学
本物の肌と同じように痛みに反応する新しい電子人工肌

私たちの全身を覆っている 皮膚 は、熱や圧力などの痛みを伴う(有害な)刺激に反応する複雑な「感覚センサー」の働きをしています。
この「感覚センサー」が外部からの刺激を検出すると、中枢神経系に警告信号をすばやく送信して熱いものに触れたときに手を引き戻す(運動を開始させる)などの応答を引き起こします。
けがした時のだぼく後に肌が紫色に変化するのも、異常事態を見た目でアピールしているといえるでしょう。
これらのセンサーと神経系との “情報通信“ は非常に重要で、自分の体を健康に保つためにはなくてはならない機能です。
しかし、体性感覚の一部が損傷したり、正常に機能しなくなったりするとどうなるでしょうか?
現在の生物医学技術は非常に進歩していますが、現在の技術をもってしても皮膚のような圧力、温度、および 痛み に対応できるものを作成することが難しく、また、レベルごとの痛みは検出できましたが、痛みの感覚をリアルに模倣することはできませんでした。
豪RMIT大学の研究チームは、本物の皮膚と同じように痛みに反応する人工皮膚として “電子的に複製する技術“ を開発しました。
現在、プロトタイプ段階では、人体のフィードバック応答をほぼ模倣しており、触覚(圧力)や熱(熱さ、冷たさ)が、痛みの閾値に達すると神経信号が脳に伝わるのと同じ速さで痛みを伴う感覚に反応できるといいます。
研究の詳細は、『Advanced Intelligent Systems』誌に2020年9月1日付で公開されています。
高機能な人間の皮膚
人間は皮膚を通して常に圧力や温度を感知していますが、痛みの反応は熱すぎるものや鋭すぎるものに触れたときなど、特定の時点でのみ始まります。
皮膚には大きく分けて5種類の触覚センサー(外部刺激を感知し神経信号を発生させる4種類の器官と自由神経終末)があります。
触覚は力(機械的刺激)によって皮膚が変形することで生じます。
そのうち最も細いのが表皮に入り込む感覚神経の先端、自由神経終末です。
毛の生えている有毛部ではなでた時に感じる圧力も感知しますが、指先や手のひらなど毛の生えていないところでは温度、痛み、かゆみなどを主に伝えています。(痛覚は自由神経終末にのみ信号が送られる)
さらに、触れたものの細かな質感や特徴は、感覚神経の先端に存在する4種類の器官が、振動や皮膚の伸びを捉えたり、刺激を増幅したりすることによって生まれています。

① マイスナー小体:
部分的に接触や振動を感じ取れるが、皮膚に何かが触れているという情報しかわからない。
② メルケル細胞:
軽い接触の感覚を感じるのに使われる。
③ ルフィニ終末:
物体が皮膚と擦れるのを感知する役目を果たし、物を握る際の調整ができるようになる。
④ パチニ小体:
あらゆる圧変化と振動を感知する。(今回の主役です。)
通常、局所的な圧力が体にかかると、玉ねぎ状の小体の一部が変形し、化学イオン(ナトリウムやカリウムなど)が流出することで電荷に偏りが生じるため、結果、表皮の自由神経終末に受容体電位が発生します。
十分なエネルギーに達すると、この受容体電位は小体内に電気インパルスを生成し、中枢神経系を介して運動反応を引き起こします。
一方、皮膚の温度が30℃を超えると、熱受容体が温かさを感じはじめ、神経細胞に信号を送るようになります。
痛みの信号を検出するセンサーは45℃前後の温度で活動し始めるため、深刻なやけど状態を防止するために役に立ちます。
有害刺激が自由神経終末に位置する熱センサーにより検出されると活動電位を生成して、電気的応答がせきずいを介して中枢神経に送られます。
このとき信号強度がある一定のレベルを超えたかどうかを判断することで、自前に危険を回避することができます。
技術のコアとなる3つのセンサー
研究で紹介されているプロトタイプは、温度または圧力の異常を検出して信号を送ることで痛みセンサーの動作を開始させる機能を有しています。
それぞれ圧力・温度・痛みを感じる3種類のセンサーは、皮膚の感知システムの特定の機能を模倣することにより作られています。
今回、しきい値をこえたか超えていないかを再現するために、低抵抗状態(LRS)と高抵抗状態(HRS)のどちらであるか、比較することで判断しています。
メモリスタ(電子記憶細胞=シナプスの役割を模倣)に流れる電気信号の大きさで、現在の状態が危険であるかそうでないかを判断します。
1.圧力センサー(パチニ小体に相当)
圧力センサーであるパチニ小体は、皮膚に圧力がかかると神経系を介して電気インパルスを送り、それが運動反応につながります。
これを模倣するために、酸化物薄膜(酸素欠陥チタン酸ストロンチウム)と生体適合性のあるシリコン(“メモリスタ“の役割:通過した電荷を記憶し、それに伴って抵抗が変化する受動素子)を使用して、シールのように薄く、透明で丈夫なウェアラブル電子圧力センサーを作っています。
これらのセンサーでは、圧力が加えられると、メモリスタに電流が流れ信号が送られるようになります。圧力が加えられていない場合、メモリスタに流れる電流の量が不十分であるため、何も起こりません。

2.熱センサー(自由神経終末に相当)
温度センサーには、温度領域に応じて異なる電気特性を示すようになる特殊なセラミックス材料(二酸化バナジウム)を使用しています。
二酸化バナジウムは、低い温度域では絶縁性であるため電流を流しませんが、高温(68℃以上)になると金属的性質を示すようになり急激に抵抗が減少するために、低温時に比べて非常に大きな電流がながれるようになります。
(ちなみに、二酸化バナジウムの化学組成をチューニングすると応答温度領域を室温まで下げることが可能であることは広く知られています。)
この反応は可逆的に進行するため、温度が低くなるとまた元の状態(絶縁性)に戻ります。
今回は、この二酸化バナジウムベースの材料を人の毛髪の1000分の1の薄さにコーティングしています。
圧力センサーと同様に、温度センサーがしきい値を超えた入力(温度が高い状態)を検出すると、メモリスタに流れる電流が増加することで電気信号として痛みセンサーに送信されます。

3.痛みセンサー(脳に相当)
人間の侵害受容器は、痛みを検出してそれに反応する役割があり、私たちの体で最も重要な受容体の1つです。
本研究では、有害な熱と火傷を検出するのに最適な熱侵害受容器の模倣に焦点を合わせています(約45°Cの温度で信号を送り始めます)。
これらの刺激が検出されると、侵害受容器は応答を開始してさらなる損傷を防ごうとします。
3つのテクノロジーすべてを統合する電子侵害受容器は、高い圧力または68°Cを超える温度を検出すると、神経細胞が電気インパルスを送るように、外部から受けた刺激の深刻度合に比例した強度の電流が流れることで反応することができます。
具体的な応用例
痛みを感知する(フィードバック能力を示す)人工皮膚の開発は、次世代の生物医学技術とインテリジェントロボット工学の進歩に大きな影響があることが予想されます。
より良い義肢をすべての人に

基本的に義肢には“痛みセンサー“なるものがついていないため、自分自身が気づかないうちに義手にダメージを与えてしまうことが多く、最悪の場合損傷する危険性があります。
今回開発された人工皮膚を搭載することで、義肢をより自然な手足のように機能させることができると開発チームは述べています。
植皮の新しい選択肢

植皮(遊離植皮)は、体のある部分から皮膚を取り除き、それを体の別の部分に移植する外科的処置です。
通常、これは、火傷、感染、または怪我によって皮膚の一部が損傷した場合にのみ行われます。
医療技術の進歩によって、植皮手術自体が失敗してうまく機能しない・・・というリスクは低くなっていると思いますが(ただ、他人の皮膚を移植して拒絶反応が起こる可能性はあります)、世界中の何百万人もの人々が有害な火傷や皮膚感染症に苦しんでおり、多くの人にとって植皮は現実的な解決策ではありません。
人工皮膚はこれらの問題を解決し、求めている多くの人に提供できる機会を与えるでしょう。