【自然の機能を模倣する】何でもくっつく万能接着剤【バイオミメティクス】

化学

・近年では、自然に学ぶ新しいモノづくりのあり方を考え、それを模倣する“バイオミメティクス”という学問が急速に発展している。

・国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)内藤らの研究グループは、このムール貝や柿渋中の接着成分によく似た化学構造をもつ分子を人工的に再現することで適用範囲の広い万能接着剤(金属、ガラス、プラスチックなどの同種・異種基板の自由な組み合わせが可能)の開発に成功した。

・接着能力だけでなく、サブミクロンの膜厚でも高い防錆効果や抗菌機能を発揮されることも明らかになり、従来技術の貴金属を用いた抗菌剤では問題となっていた変色やコスト面を克服した。



~この記事のキーワード~

バイオミメティクス, 万能接着剤, 有機化学, コーティング, 機能性, 防錆, 抗菌

自然の優れた機能からヒントを得て、化学的に模倣する“バイオミメティクス”

石油の枯渇や化石燃料の高騰などに伴って、天然資源の活用という観点から植物バイオマスが近年注目されています。

何十億年にもわたる歴史の中で、地球環境に自らを適応させ進化させてきた生物たちは私たちが思いもよらないような優れた機能をもっているものも多くいます。

近年では、自然に学ぶ新しいモノづくりのあり方を考え、それを模倣する“バイオミメティクス”という学問が急速に発展しています。



しろくま先生
しろくま先生

ペン太くん、くっつき虫って知ってる?
(※“くっつき虫”はゴボウやオナモミなど、服などにくっつく植物の実や種の総称です。)

ペン太くん
ペン太くん

うん!いろんなものにくっつくやつでしょ!友達の背中にこっそりつけて、いたずらして遊んでるよ!

しろくま先生
しろくま先生

実はこのひっつき虫が、マジックテープの発明のもとになったんだ。

ペン太くん
ペン太くん

えっ、そうなの?!ぼくのくつにもついてるよ!ほら!ビリビリビリ

しろくま先生
しろくま先生

スイスの電子工学者だったジョルジュ・デ・メストラルという人が散歩中に自分の服にくっついているのに気が付いて、「どうしてくっつくんだろう」と不思議に思ったんだ。家に持ち帰ってひっつき虫を顕微鏡で観察をしてみると、フック状をした先端が繊維にひっかかり張り付くことがわかったんだ。

ペン兄さん
ペン兄さん

なるほど、この植物が付着する原理を応用して、マジックテープのような取り外し可能なシートを発明したんですね!


今回は、そんな生物の優れた機能を化学的に模倣し、高機能材料の開発に成功した例を紹介します!


接着剤でモノがくっつくしくみ

接着剤や塗料は、材料表面の保護、美観の向上、新機能の付与など、ものづくりにおいて重要な役割を担う基幹材料です。

その根本となる“くっつける”という接着機能の高さは、接着材料と基材表面との相性によって変化します。

その物質が強力な接着剤として使えるかどうかの条件としては、

① 基材に引っ掛けるための”分子間力”(例:ヤモリ、マジックテープ)
  基質を固定する分子単位、基板界面への効率的な接着

② 絡み合ってつなぎとめる“高分子”(例:ガム、スライム)
  強固な凝集に適した対応物、バルク媒体での分子成分間の強力な凝集強化

上2つのちょうどいいバランスが重要なのです。

物と物がくっつく力、「分子間力」

分子間力が働くには分子同士が5オングストローム以下まで接近している必要があります。

これは髪の毛の太さの10万分の1以下という小ささです。

実はガラスの表面はミクロのスケールでは結構凸凹があります。

ヤモリはこの凸凹に足の裏の無数の微細な毛を「引っ掛けて」凹凸の隙間を埋めることで、垂直によじ登ることができます。

絡み合ってつなぎとめる、「高分子」 

高分子は長い糸のような構造になっています。

綿などの繊維を丸めると絡まるように、分子の鎖同士が複雑に絡み合うため簡単にばらけることはなくなります。

これによってガムやスライムのようなねばねばした性質が生まれます。


金属やセラミックス、ガラス、木材、プラスチックなどの幅広い材料がある中で、これまでは、最適な接着性を得るために数多くの接着材料の中から基材ごとに最適なものを選別しなければなりませんでした。

そのため、製造プロセスに多くの時間やコストがかかってしまう、ということが問題になっていました。

何にでもくっつく“生体模倣の“万能接着剤

ムール貝は潮の流れが比較的速い場所でも岩などにしっかりとくっついて離れない性質を持っています。

これは、体内で付着性のタンパク質をつくって放出しているからなのですが、最近の研究で、カテコール基を含む成分(3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン、DOPA)がどうやら異常に発現しているらしい、ということがわかってきました。

この“DOPA“中のカテコール基が”化学フック”として岩などの表面に含まれる水酸化物やイオン成分などが複雑に作用して化学結合することで強固な接着特性が生み出されています。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 統合型材料開発・情報基盤部門 データ駆動高分子設計グループの内藤昌信先生は、このムール貝中の接着成分であるDOPAによく似た化学構造をもつ分子を人工的に再現することで、調整可能な強度と延性を備えた強力な生体模倣接着剤をつくることに成功しました。

Rational design of a biomimetic glue with tunable strength and ductility
The development of high-strength bonding materials requires a precise balance between key molecular components to allow for efficient adhesion at substrate inte...


ここでは、分子骨格から枝分かれしている2種類の“手“が接着するために働きます。

“1つ目の手”であるカテコール基は基材表面にくっつく化学フックの役割を果たし、“2つ目の手“であるチェーン上にのびる有機基はそれ同士が絡み合ってつなぎとめる(凝集相互作用)役割をもっています。

“2つ目の手“の長さや立体的構造などをコントロールすることで分子同士のからみ具合や最終的な接着剤としての性能がどう変わるかを調べるために、接着した基板を引きはがす方向に力を加えることで耐久力をテストしています。

チェーンが短くなると、絡み合う面積が少なくなるので、引きはがす力に耐えられず比較的簡単にはがれてしますが、チェーンが長くなると、チェーンが比較的自由に動くことができるようになるので、より延性があり引きはがす力がかかった時でも高い耐久性を有する接着剤を生成することがわかりました。

逆にチェーンを長くしすぎると、可塑性が高すぎて接着強度が大幅に低下してしまったことから、接着剤の剛性と柔軟性のバランスが達成される最適なポイントがある、ということが言えます。

さらに、これらの接着剤の幅広い基材への効率的な接着能力(金属、ガラス、プラスチックなどの幅広い基板を使用して、同種および異種基板の接着の両方)が実証されました


柿渋をヒントに、汎用性の高く多機能な接着材料を開発

さらに、内藤先生は柿渋に含まれる成分である“タンニン酸“と呼ばれるポリフェノールが持つ抗菌性や防錆能を生かしながら、サブミクロンの膜厚でも機能を発揮するコーティング剤の開発に成功しました。

Hydrophobized plant polyphenols: self-assembly and promising antibacterial, adhesive, and anticorrosion coatings
Hydrophobized plant polyphenols can be easily prepared by rational and controlled etherification of highly abundant aromatic hydroxyls with linear alkyl chains....

タンニンとは水に溶けやすいポリフェノールの一種で、抗酸化性、抗菌性など様々な薬理活性を示すことから、薬剤や食品添加物として古くから利用されてきました。

柿渋に代表される一部のタンニンも同様に、古くから天然塗料やさび止め、防汚剤として使われてきました。

タンニン酸は食品添加物(GRAS)の1つであることから、食用レベルでの安全性があることが実証されています。

そこで内藤先生は、抗菌性や抗酸化性の機能を維持したまま、塗料化や構造体化することができれば、天然由来の新しい機能性材料を作ることができるのではないか、と考えました。

タンニン酸の欠点は“水に溶けやすい“性質を持っているということです。

せっかくコーティングしても水に溶けてしまっては意味がないですよね。

ところで、柿渋の主成分である “カキタンニン”は、口の中のタンパク質(味覚センサー)と反応して、強い渋みを感じさせることが知られています。
この水溶性タンニンをアセトアルデヒドと反応させて水に溶けない化合物に変えると、タンパク質との相互作用がなくなり渋みが生じなくなると言われています。

タンニン酸は平均分子量換算で25個程度の水酸基を持っていますが、このいくつかを疎水基に変えてやることで(すべての水酸基を疎水基に変えないところがミソ!)、タンニン酸本来の抗菌性などを維持したまま、疎水化させることができると考えました。

さらに、タンニン酸に含まれる構造は、ムール貝の構造にもあったカテコール基に非常によく似た構造を持つことから、同様の接着機能を発揮できると考えました。

結果、部分疎水化タンニン酸のコーティングにより、大腸菌などの菌を24時間以内に死滅させる能力を持つことが明らかになりました

また、前述の開発接着剤と同様に密着性が高いため、様々な基板上に薄膜化することができます。

高い防錆効果を示すこともわかり、従来技術のような高価な貴金属である銀イオンなどを用いた抗菌剤では問題となっていた変色やコスト面を克服できる新たな接着剤の開発に成功しました。


さらなる発展

柿渋の研究をさらに発展させ、国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)および日油株式会社は2020年10月20日、金属やセラミックス、有機材料などさまざまな材料に接着して防錆などの機能を付加できる高分子を開発し、サンプル出荷を開始したと発表しました。

使用先の材料を選ばずに多機能を付加できる汎用的な接着材料として、インフラや半導体、自動車産業など多岐にわたる分野での活用が期待されているそうです。

詳しくは下記URLより確認できます。

◇ NIMS プレスリリース
柿渋をヒントに、汎用性の高く多機能な接着材料を開発 ~金属・無機・有機問わず様々な材料と接着 電子機器の小型化・高性能化に大きく貢献~

柿渋をヒントに、汎用性の高く多機能な接着材料を開発 | NIMS
柿渋をヒントに、汎用性の高く多機能な接着材料を開発~金属・無機・有機問わず様々な材料と接着 電子機器の小型化・高性能化に大きく貢献~NIMSと日油株式会社は、日本古来の天然塗料である柿渋をヒントに、金属、セラミックス、有機材料など様々な材料に接着し、防錆などの機能を付加できる高分子を開発、サンプル出荷を開始しました。

タイトルとURLをコピーしました