・理研の共同研究グループは、有機物質を用いることなく無機物質と水のみを使って、温度や光などの刺激に応答して生き物のように力学的な物性を可逆的かつ高速に変えることのできる「ハイドロゲル」の開発に成功した。
・さらに、微量の光熱変換ナノ粒子を添加することで、このハイドロゲルの物性を光刺激によって時間的・空間的に制御することにも成功した。
・高分子材料などの有機物質に頼ってきた刺激応答性ユニットに無機物質を利用するという新戦略を提示し、次世代スマートマテリアルの新たな設計指針になると期待できる。
~この記事のキーワード~
ハイドロゲル, 刺激応答性, 無機生命体, 無機ナノシート, スマートマテリアル
“無機物質”と”水”だけで、生体の動きを模倣する!!
理化学研究所(理研) 創発物性科学研究センター創発生体関連ソフトマター研究チームの佐野航季基礎科学特別研究員、石田康博チームリーダーらの共同研究グループは、有機物質を用いることなく無機物質と水のみを使って、外部からの刺激によって生き物のように力学的な物性を変えることのできる「ハイドロゲル」の開発に成功しました。
本研究成果は、これまで高分子材料などの有機物質に頼ってきた刺激応答性ユニットとして、無機物質を利用するという新戦略を提示し、次世代スマートマテリアルの新たな設計指針になると期待できます。
本研究は、2020年11月27日付でNature Communications誌に掲載されています。

SFが現実になるか?!理研、無機生命体実現への挑戦。
もし無機物質だけで生体のような動きが再現できたら・・・?

通常、人々の生命に関する概念は、動物、植物、微生物のようなものに限られています。つまり、炭素を主体として構成された核酸、蛋白質などを指しています。
しかし、SFや神話には、“無機生命体” がしばしば登場することがあります。
「“無機物質のみ”を用いて、まるでそれが生きているかのような動きを模倣することができるのか??」
という挑戦的課題は、科学者の永遠のテーマといえます。
生体は、「個体>器官系>器官>組織>細胞>細胞小器官>生体分子」という階層性のある構造を持つとともに、水を豊富に含み、柔軟性や外部刺激に対する応答性を示す固体です。
外部刺激に対する応答性とは何か?
例えば、何か非常に熱いものに触ったとき。
皮膚の感覚神経が危険の存在(刺激)を感知したあと、神経の電気信号が皮膚から脊髄に伝達され、そこで電気信号が感覚神経から運動神経へと移動します。
運動神経が筋肉へ電気信号を伝達し、最終的には熱いものから手を急に引っ込める動きが指示されるわけです。
一方、無機物質はどうでしょうか。あなたの今触っているスマートフォンやパソコンに何度デコピンしてみても、痛くて飛び上がることはなく、(ただあなたが変な人に見られるだけで)スマートフォンやパソコン自体はずっと静止したままですよね。
このように、無機物質は基本的に硬く、刺激応答性に乏しいため、生体が示すような動的な機能をもたせることを実現するのは極めて難しいとされてきました。
事実、従来の刺激応答性を示す生体模倣ソフトマテリアルはどれも、有機物質のポリマーを刺激応答性ユニットとして採用しています。
もし、このようなソフトマテリアルを無機物質のみで作製できれば、無機物質に由来する優れた機械的特性や耐久性などを兼ね備えることを期待でき、次世代スマートマテリアルの設計戦略を大きく拡大すると考えられます。
ナマコの生体組織からヒント?!
ナマコやウニ、ヒトデなどの棘皮(きょくひ)動物と呼ばれる生き物は、硬さの変わる結合組織(キャッチ結合組織;CCTと呼ばれる組織です)をもっています。
たとえばナマコの体は厚い結合組織のつまった皮で覆われていますが、手を触れるとナマコは皮を固くして自分の身を守ろうとします。
一方で、このナマコの皮を押しつぶすように指で強くつまんで引っ張ると(さらに力をかけると)、皮は非常に柔らかくなりどろどろに溶けたように変化します。
海に行ったときにうっかりナマコを足で踏んでしまったり、鳥や魚に食いつかれたりすると、外からの強い衝撃に反応して、自分の腸を外に吐き出すというショッキングな光景が見られます。
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そんなことしてナマコは死んでしまわないんですか?💦
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一見大丈夫じゃなさそうで、実は生き残るために理にかなった反応なんだ。外敵が柔らかくて食べやすい腸を食べているすきに、そこから一目散に逃げることでナマコ本体の身を守ることができるんだ。過酷な自然環境で生き延びるために進化の過程でそのような能力を身に着けたようだね。
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自分の体の一部を犠牲にして生き延びるのは、トカゲが自分の尻尾を切って逃げる姿に似ていますね!

硬くなったり、どろどろになったりと、外から加わった刺激の強さを皮自身が判断して、それに応答するように皮の力学的な性質が変わっていきます。この硬さの変化は数秒~数分の時間内に起こる非常に速いもので、この反応は可逆的なものです。
私たちはナマコやウニたちが持っている結合組織のように、外部からの刺激を受けて皮が硬くする能力はありません。
その代わり、身を守るときは筋肉を収縮させることで身構えて体を固くすることができます。
筋肉は細胞であり、細胞自体が力を出して硬さを変えていますが、ナマコたちは結合組織自体が変化するというよりは、組織内の空間を自在に操ることで制御しています。
外部刺激で「生き物のような動き」を、可逆的かつ高速に再現することに成功
理研の共同研究グループは、無機物質として酸化チタンナノシートに着目し、無機ナノシート同士の間に働く相互作用を精密に制御することで、生物の動きを模倣できるか?という挑戦的テーマの達成を目指しました。
酸化チタンナノシートは、厚さ0.75ナノメートル、横幅が数マイクロメートルであり、表面に高密度の負電荷を帯びた二次元物質です。
水中では、ナノシートの間に静電的な反発力(静電斥力)と分子同士間での引き寄せあう力(ファンデルワールス引力)が働き、これら二つの力が長距離で拮抗する結果、それぞれのナノシートが一定間隔を保った層状の構造を形成します。
共同研究グループはまず、室温(25℃)でナノシート濃度を徐々に上げていったときの挙動を調べました。
すると、水溶液全体に対して重量比で8%以上ナノシートが存在すると柔らかいゲルの性質を示すようになることが分かりました。これは、層状構造中のナノシートの動きが強い静電斥力によって制限されたことに由来します(斥力支配)。
一方、得られた斥力支配のゲルの温度を25℃から90℃まで上げてやると、55℃付近で柔らかいゲルから硬いゲルへと変化する様子が観察されました。55℃以上ではナノシート間に働く静電斥力が弱まる一方で、ナノシート間の距離がファンデルワールス引力により元の4分の1まで減少して互いに積層することで、三次元的に連続した網目構造(ネットワーク)をどうやら形成するらしい(引力支配)、ということが詳しい解析により明らかにされました。
この、「斥力支配」のゲルから「引力支配」のゲルへの転移は、ナノシートネットワークの大胆な構造変化を伴いますが、高温に達してから2秒以内で完了したそうです。また、低温にすると元の斥力支配のゲルに戻ることも分かりました。
この動的プロセスは何度も繰り返すことができ、高い耐久性を示すそうです。

すでに説明したようなナマコも、内部の三次元網目構造を変化させることで、外部の刺激に応答して力学物性を動的に変えていますが、なんだか今回得られたハイドロゲルの動きもナマコに似ていますね。
そこで研究チームは、温度を変化させて力学物性の測定を行ったところ、90℃の引力支配のゲルは、25℃の斥力支配のゲルに比べて約23倍も硬くなることが分かり、逆に冷やすと元に戻るといった可逆的な動的プロセスを示すことが明らかになりました。
さらに、より生物に近い機能を実現するために、光吸収して熱に変えることのできる性質を持つ金ナノ粒子を、得られた斥力支配のゲルに微量添加することによって、時間的および空間的な物性の制御を試みています。
その結果、光を照射した箇所のみ選択的に引力支配のゲルへと転移させることにも成功しています。
この転移プロセスは非常に高速で起きるそうで、光を当ててからわずか2秒の間に完了するといいます。
逆に光照射を停止すると、空気中で冷やされることにより4秒程度で斥力支配のゲルへと戻ることも明らかになっています。
材料自身が状況・環境を感知し、適切な反応を行う「スマートマテリアル」

今回開発した無機ナノシートと水のみからなるハイドロゲルは、温度や光などの刺激に応答して内部のナノシート三次元網目構造を動的に組み換えた結果、生き物のように力学物性を可逆的かつ高速に変化させることを見いだしました。
さらに、微量の光熱変換ナノ粒子を添加することで、このハイドロゲルの物性を光刺激によって時間的・空間的に制御することにも成功しました。
従来のハイドロゲルネットワークは、ポリマーやナノファイバーなどの一次元物質で構成されていましたが、今回のハイドロゲルネットワークは無機ナノシートという二次元物質で構成されることから、一次元物質で問題となるネットワーク同士の絡み合いを防ぐことができ、高速かつ可逆的な刺激応答性を実現したと考えられます。
材料自身が状況・環境を感知しそれに対して適切な反応を行うことのできる機能材料を「スマートマテリアル」と呼びますが、このような二次元物質の三次元網目構造は、次世代のスマートマテリアルの新たな設計指針となると期待できます。
また、長らく有機物質に頼ってきた刺激応答性ソフトマテリアルの設計において、無機物質の利用という新たな選択肢が増えました。
さらに、無機物質と水のみで柔軟性・刺激応答性・耐久性を兼ね備え、生き物のような動的機能を実現した本研究は、無機生命体の創成という大きな夢への手がかりになると考えられます。
参考資料
理化学研究所 研究成果記事「無機物質と水だけからなる生き物のような材料 -柔軟性・刺激応答性・耐久性を同時に実現-」(2020/11/30掲載)
本川達雄著「ナマコのキャッチ結合組織」 高分子 55巻 492-493 (2006)