・理化学研究所 田中メタマテリアル研究室 田中主任研究員らの研究チームは、可視光全域をカバーする色を作り出す新たなデザイン設計手法を考案し、ナノ構造のサイズや配置が精密に制御されたアルミニウムベースのメタマテリアル可視光吸収体の開発に成功した。
・このメタマテリアル可視光吸収体は、極薄かつ超軽量(従来技術の500分の1)で、半永久的に色あせない、鮮やかな色を再現できるという特性を持つ。
・高解像度ディスプレイへの利用や光学機器等の内壁の黒色塗装だけでなく、がん予防に活躍する分子検出センサーなどに応用できると期待されている。
~この記事のキーワード~
メタマテリアル、ナノ構造、可視光吸収、表面プラズモン、ナノフォトニクス、応用光学、コーティング、がん検査
異なるナノ構造を集積化して自由自在に色をつくるカラー技術

理化学研究所(理研) 田中メタマテリアル研究室の田中拓男主任研究員らの研究チームは、アルミニウム薄膜で作ったメタマテリアルで、可視光全域を表現できる”永久に色あせない”色をつくり出す技術を開発しました。
メタマテリアル・カラーは極薄・超軽量で半永久的に色あせない特性を持つため、高解像度ディスプレイやカメラのカラーフィルターとしての利用や、光学機器の内壁、大型望遠鏡内の黒色塗装などに応用できると期待されています。
本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌 Scientific Reportsに掲載されています。

メタマテリアルとは?

メタマテリアル
近年、光の波長よりも小さいナノメートル(nm、1nm = 10億分の1m)サイズのナノ構造体を無数に埋め込む(集積化する)ことによって、従来の光学の常識を超えて光を自由自在に操れるようにした人工物質が注目されています。
このような人工物質は「メタマテリアル」(プラズモニック・メタマテリアル)と呼ばれ、自然界に存在する物質では実現できない光学特性を持っています。
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「メタマテリアル (=’meta-material’)」のうちの「メタ」の部分は、「超越した」とか「上位の」といった意味合いとも言われているんだけど、もともとは「変化」の意味からきているとも考えられているんだ。
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あのメタボも同じメタですか??
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お父さんのおなか、最近太って大きくなっているもんね。
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よく気づいたね、メタボ(’meta’bolic: 代謝、変態)と同じ意味で使われているよ。もう1つの「マテリアル」は「物質」を意味する言葉だから、「メタマテリアル」= 自然界の物質にはない「性質を(人工的に)変化させた物質」のようなもの、であるといえるね。
色の見えるしくみ
いつも私たちが目で見ている光は「可視光」と呼ばれていて、その波長が変わると紫・青・緑・黄・赤などのように色が違って見えることが特徴です。
可視光の波長は、短い方(紫色)が約400nm、長い方(赤色)が約800nmです。そして太陽光のように、可視光の全ての色を含む光が「白色光」です。
白色光が物質に当たると、その物質は特定の波長の光だけを吸収し、吸収されずに反射(もしくは透過)した波長の光の色が見えます。
私たちが多様な色を見ることができるのは、吸収する光の波長が異なるさまざまな物質が身の周りにあるからです。
もし物質が吸収する光の波長を人工的に変化させることができれば、同じ物質からさまざまな色を作り出すことができます。
メタマテリアルに色を当てると・・・?
メタマテリアルの構造は金や銀、銅などの貴金属で作られる事が多いですが、このメタマテリアルに白色光を照射すると、ナノ構造の作用によって金属表面の自由電子が光の電場によって振動し「表面プラズモン」が励起されます。
表面プラズモンとは、金属表面に局所的に誘起される自由電子の集団的な縦波振動のことです。
金属内部に励起された表面プラズモンの寿命は非常に短く限られているため、そのエネルギーの一部は金属内部ですぐに熱に変わります(光が吸収される)。
表面プラズモン現象が起こる光の波長はナノ構造の大きさや形によって決ますが、特定の波長の光だけが表面プラズモンの励起に使われるため、ある形状のナノ構造は決まった波長の光だけを選択的に吸収します。
これまで、自然界の元素や化合物はそれぞれ固有の性質を持っていて、その性質を変えたいと思うと化学的組成を変える必要がありました。
しかし、ヒトの目が光の波長の違いによって色を区別する仕組みを利用することで、新しい化合物をつくることをしなくても、原材料の物性はそのままに、
超微細な形状パターン(ナノ構造の“大きさ”や“形”)をうまく設計して吸収する光の波長を自由自在に制御できるようになれば、さまざまな色を人工的に作り出せると考えられています。
これまでの技術の問題点
従来の金属ナノ構造上に見られる表面プラズモン現象を利用した技術では、広範囲の波長幅にわたって光を吸収してしまうために、パステルカラーのような彩度の低い色しか作り出すことができない、という課題がありました。
メタマテリアル吸収体では、光の吸収率と吸収範囲との間にはトレードオフの関係があり、1つの構造であらゆる波長の光を完全に吸収することは困難であるとされています。
メタマテリアル吸収体の構造のサイズや形・配置を調整することで吸収波長を制御し、光吸収効率を高めると吸収波長範囲は狭くなります。
そのため、 可視光の領域で吸収線幅の狭いメタマテリアル吸収体をつくると、吸収されなかった波長の 光が反射光として観察されて、メタマテリアル吸収体に色が付いたように見えます。
これまでメタマテリアルを用いて色を作り出す研究は行われてきましたが、例えば緑色を作るために青色・赤色の二つの光を吸収により取り除く必要があるように、表面プラズモンで吸収させる光の波長が一つだけではさまざまな色を作り出すことはできませんでした。
研究技術 ~可視光全域をカバーできるメタマテリアル吸収体とは??~
今回、研究チームは自在に色を作り出すメタマテリアルの新たな加工技術・デザインを開発しました。
二つ以上の波長域でそれぞれ独立に光を吸収させるために、座布団形状のアルミニウムナノ構造のサイズや配置を精密に制御することで、前述の課題を克服しようと考えたのです。
~メタマテリアルのナノ構造ができるまで~
まず、シリコン基板の表面に電子線に感光するレジスト材料を厚さ150nmで均一に塗布した後(①)、レジスト膜上に四角形のパターンを描画します(②)。描画後、レジスト膜を現像すると、シリコン基板表面に周期的な四角形のパターンが残ります(③)。
次に、作成したパターン上に厚さ45nmのアルミニウム薄膜を特殊な薄膜作製技術(※注釈1)により均一にコーティングします(④)。
すると、四角形のレジストパターンがあるところにはその上に、それ以外の場所ではシリコン基板表面にアルミニウム薄膜が塗布され、座布団のような形状のナノ構造を大量につくりあげることができます。

では、なぜ今回のような構造で色が吸収されるのでしょうか?
メタマテリアル吸収体を実現するために、今回は誘電体層を金属構造でサンドイッチした構造(通称、MIM構造)によく似た構造が採用されています。
MIM構造をうまく使うと波長以下の厚みの平板状の金属構造で光を完全に吸収させることができます。

そのため、このナノ構造体に白色光を当てると、ナノ構造を構成する四角形のサイズに応じた波長の光が吸収されて、反射光に色がつき、それが目に見えるようになります。
さらには、四角形の1辺の長さと間隔を調整することで、さまざまな色を作り出せる(赤から紫まで可視光全域の色を再現可能である)ことを確認できたと報告しています。

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絵の具で絵を描くとき、赤色と青色の絵の具を混ぜると紫色になるよね。さらにいろいろな他の色を混ぜあわせると黒色に近づいていくんだ。今回開発されたメタマテリアルでも同じように、座布団形状のナノ構造を組み合わせて集積化すると、絵の具を混ぜ合わせたときのように黒色をつくりだすこともできるんだ。
開発されたメタマテリアルの特徴 と この先の発展は??
1.半永久的に色あせない、鮮やかな色を再現!
“色を自由自在に操れる” メタマテリアルですが、今回開発されたメタマテリアルの表面はアルミニウムだけでできています。
アルミニウムは金属のなかでも非常に酸化されやすく、空気中の酸素と結びついてすぐに厚さ数nmの酸化物膜を形成します。この酸化被膜は物理的にも化学的にも安定な性質をもっているので、簡単には腐食されることはなく、“半永久的に”劣化しない色を保ち続けることができます。
絵の具やインクの多くは色を作るために有機物質を用いていますが、強い光や熱による酸化が原因で除々に劣化してしまいます。そのことを考えると、今回開発された材料ははるかに高機能であるといえます。
2.極薄で超軽量!重さはなんと従来技術の500分の1!
また、ナノ構造の一つの大きさは光の波長より小さく、インクを使った印刷物のドットよりもはるかに小さいサイズです。
この超微細な光の色の点は、アルミニウム薄膜上であればどこにでも作製できるため、高解像度ディスプレイやカメラのカラーフィルターへの応用が期待できます。
さらに、メタマテリアルの厚みが200nm程度と非常に薄いこともこの技術の特徴です。
例えば、ペンキを1m角の広さに塗ったとすると重さは約130gになりますが、メタマテリアルを同じ広さに作製すると約0.29gとなり、ペンキと比べて約500分の1の重さに軽減できます。
また、軽量・高性能かつ劣化のない黒色塗装も可能となるため、光の散乱に敏感な光学機器の内壁だけでなく、ペンキ塗装では重さが問題となる大型望遠鏡の内壁にも塗装にも活躍できます。
3.色をつくる技術をがん検診に応用?!
赤外領域で動作するメタマテリアル吸収体を使えば、対象となる分子特有の赤外スペクトルを高い感度で検出・同定することが可能なデバイスに応用することができるそうです。
これまでは蛍光物質などの目印を付けて単一分子を検出する手間のかかる手法がとられていましたが、この方法では目印を付けずに単一分子を検出することも原理的には可能になるそうです。
メタマテリアルを用いてその分子を高精度で検知する微小なセンサーを、スマートフォンなどに組み込むことができれば、毎日のようにがん検診を行うことができ、がん特有の分子が見つかった人は病院で精密検査を受けて、がんを早期に発見できるようになります。
がんに限らずさまざまな病気に関係する分子を、息から高精度で検出できる微小センサーをメタマテリアルで実現できれば、予防医療・治療の切り札となるはずだ、と田中先生は述べています。

参考資料
・理化学研究所 プレスリリース
アルミニウムのナノ構造体で「色」を作る
-半永久的に失われず塗料より軽い「メタマテリアル・カラー」-
・Science Portal China 科学技術トピック>第54号:材料科学>プラズモニック・メタマテリアル
・プラズモニック科学研究会 WEBニュースレター2017年度No.1
メタマテリアル吸収体とカラー
https://plasmonic-chem.net/NL/newsletter201701.pdf
・電気学会誌 137巻6号 2017年 メタマテリアルプラズモニクス光デバイスの応用最前線―2
メタマテリアルの物理(大学生向け)
http://sspp.phys.tohoku.ac.jp/tomita/doc/ieej2017_tomita.pdf
・理化学研究所 RIKEN NEWS No.437 2017年11月号
構造で光を操るメタマテリアルの実用化を目指す
https://www.riken.jp/medialibrary/riken/pr/publications/news/2017/rn201711.pdf