・オーストラリア モナッシュ大学が率いる国際研究チームは、環境にやさしく何度でも再生可能な吸着材を用いてわずか30分で汽水から飲料水を得る画期的な淡水化手法を開発した。
・光応答性を持つイオン吸着材を構造内に閉じ込めた有機金属構造体(MOF)を使用しており、日光にさらすことですばやく再生するため何度でも再利用できる。
・非常に低コストでこれまでの淡水化手法の10~100分の1以下の消費エネルギーですみ、1日にMOF 1kgあたり139.5Lのきれいな水を創り出せる性能を持つことがわかった。
~この記事のキーワード~
地球資源, 水質浄化, 有機金属構造体, 吸着, 太陽エネルギー, 水, 有機化学,
太陽光を使い、海水を30分で飲料水に変える技術

きれいな飲料水は我々が生きていくために必要不可欠です。
幸運にも日本では、蛇口をひねるだけできれいで安全な水を飲むことができます。
しかし、全世界の約9人に1が安全な水を確保できていない状態にあります。
そんな中、オーストラリア モナシュ大学化学工学部のHuantingWang教授が主催する研究グループはニューサウスウェールズ大学などと共同で、持続可能なエネルギーである太陽光によりイオン吸着材を刺激することで、わずか30分で汽水(※注1)と海水を安全かつ清潔な飲料水に変えることのできる画期的な新設計手法を開発しました。
熱や電気を使うことなく何度でも使え、非常に低コストで他の淡水化手法よりも高いエネルギー効率を示したといいます。
研究成果は2020年8月10日付で Nature Sustainability に掲載されました。

実はとっても貴重!“飲める“水を作るのは、こんなに大変なんです・・・!!
青い地球。でも飲める水の割合は・・・たったこれだけ?!
地球の表面の3分の2は水で覆われていますが、約97.5%は海水です。
淡水はわずか2.5%程度に過ぎません。
また、この淡水の大部分は南極や北極地域などの氷や氷河として存在しています。
地下水や河川、湖沼などの水として存在する淡水の量は地球全体の水の約0.8%に過ぎません。
さらにさらに!この大部分は地下水であるため、河川や湖沼などの人が利用しやすい状態で存在する水に限ると、その量は約0.01%でしかないのです。
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うーん、すごく少ないみたいだけど、のどが乾いたらいつでも水が飲めるからあんまり困ったことないや。
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国によって水の流入量や水資源の分配に大きな差があるのが問題となっているんだ。世界中で約6億6,300万人もの人が、住んでいる場所から最低でも30分は歩かないときれいな水源までたどり着けない、なんて状況が続いてるんだよ。
既存の脱塩プロセスは何が問題なのか??
じゃあどこから水を調達するのか・・・?
海水を淡水化(脱塩)して飲めるようにしよう!というのが自然な流れですよね。
海水には約3.5%の塩分が含まれており、そのままでは飲用に適しません。
飲用水とするためには塩分濃度を0.05%以下にまで下げる必要があります。
世界保健機関(WHO)は、飲料水に含まれるTDS(総溶解固形物)が600 ppm未満の場合にその水を安全に飲むことができますよ、と基準を定めています。
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例えば、3.5%の塩分が入っている海水は、35000 ppmのTDSが入っている計算になるよ。
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これじゃあ、全然飲めないよ!!
これまで、海水からの脱塩処理には大きく分けて 多段フラッシュ法(図) と 逆浸透法(図) の2つの方法が用いられてきました。

上の表で比較してみると、どちらの方法にも一長一短がありそうですね。
ただ共通して言えるのは、淡水化して飲める状態にするために
① 多くのエネルギーが必要 かつ ② メンテナンスが非常に手間
であるということです。
これまでの問題を解決する革新的な淡水化テクノロジー
金属有機構造体(MOF: Metal Organic Framework)ってなに??

金属有機構造体(MOF: Metal Organic Framework)とは、金属イオンと有機配位子の相互作用(配位結合)を利用して構造をつくる化合物のことです。
様々な金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで、内部に空間(かごのようなイメージ)を無数に持つ結晶性の高分子構造を作ることができます。
強力な脱臭・吸着能力を持つ活性炭やゼオライトをはるかに超える高表面積を持つことが知られており、ガスの貯蔵や分離などの機能を持つ多孔性材料として、この十数年、高い興味を持たれています。
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表面積は高いもので6,000 m2/gもあるんだ。身近な例で例えると、野球グラウンドの約1.5倍、サッカー場の約2.7倍、バスケットボールコートの約45倍、テニスコートの70倍以上の面積が小さな粒子の表面に存在している計算なんだ。(密度 = 0.2g/cm3 の場合)
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そんなに大きいの?!
MOFは構造の中に無数の細孔(髪の毛太さの10万分の1ほどのサイズ)をもっているので、それが分子を閉じ込めることのできる “かご“ の役割 を果たします。
今回研究チームは、イオン吸着剤としてPSP(ポリ-スピロピランアクリレート)と呼ばれる分子を細孔内に閉じ込めたMOF(PSP-MOF)を使用しています。
これにより、非常に効率よく水から塩分を吸い上げることができるのです。

驚異的なスペック!!エネルギー消費はこれまでの100分の1!短時間で再生!
実験結果によれば、PSP-MOFは川、湖などから供給された人工汽水(塩分濃度 0.22%)から塩分をわずか30分で取り除き、WHOの飲料基準を満たす水を得ることに成功したそうです。
さらに、太陽光にさらすとわずか4分で吸着していたイオンをすばやく放出するために、構造が元に戻りなんども再利用することができるとのことでした。
エネルギー消費は0.11 kWh/m3ですみ(多段フラッシュ法の100分の1以下、逆浸透法の10分の1以下のエネルギーに相当)、1日にMOF 1㎏あたり139.5Lのきれいな水を創り出せる性能を持っているそうです。
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これまでの方法では、脱塩だけでも多くのエネルギーを必要とし、ろ過用膜の洗浄に手間がかかっていたことはすでに説明したよね。それに対して、ただ暗いところに置いておくだけで水中の塩分を取り除くことができ、使い終わったら日に当てるだけで再生できるのが今回の技術なんだ。
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そう考えると、この技術がいかに画期的かわかりますね!
今後の展望

太陽光は事実上無尽蔵であり、私たちが利用できる最も再生可能なエネルギー源であるとされています。
今回の研究では、光応答性をもつPSP-MOFが、環境にやさしく何度でも再生可能な吸着材として淡水化プロセスに非常に有用であることが実証されました。
この新たな材料は、パイプやその他の水システムに取り付けて、きれいな飲料水を創り出すために使われていくでしょう。
世界中のすべての人々が、安全で清潔な水を利用できるようになる日はそう遠くないかもしれません。
参考資料
モナッシュ大学 ニュース記事
